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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)9978号 判決 1989年9月07日

主文

被告らは各自原告に対し一四四万一四〇六円及びこれに対する昭和六一年五月二九日から完済まで年五分の金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分し、その九を原告の、その余を被告らの各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  (当事者の求める裁判)

一  原告

1  被告らは各自原告に対し、二二五〇万〇四七四円及びこれに対する昭和六一年五月二九日から完済まで年五分の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら(各自)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  (当事者の主張)

一  請求の原因

1  (事故の発生と被告らの責任)

(一) 原告は、昭和六一年五月二八日午後一時五八分ころ東京都中央区銀座五丁目二番一号先路上において、タクシーから降車しようとしていたところ、被告新井の運転する普通貨物自動車(以下「加害車両」という。)が右タクシーに追突したため、原告は頸部捻挫及び頭頸部外傷の傷害を被るに至った(以下「本件事故」という。)。

(二) 本件事故は、被告新井の前方注視義務違反、徐行義務違反及びブレーキ操作不適切の過失により生じたものであるから、同被告は民法七〇九条により、また、被告会社は、加害車両の所有者であり、本件事故当時加害車両を自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき、原告が本件事故によって被った後記損害を賠償すべき責任がある。

2  (損害)

(一) 原告は、本件事故当時、東京都銀座の超一流のクラブのホステスをしていた。原告は昭和五八年三月から銀座の超一流のクラブである東京クラブモールのホステスとなり、多数の顧客を擁するホステスとしての地位を確保し、給料月額約一三〇万円を得るようになり、同年一一月ころに右同様のクラブ花の園に引き抜かれて移籍し、ここでも給料月額平均一三四万円を得ていた。次いで、原告は、独立して店を持つためのつなぎとして、クラブ三上に移籍し、給料月額約一一一万円を得るとともに、独立の店を持つためのスポンサー捜しに務め、昭和六一年五月株式会社宝星エンタープライスの社長である二村英治と知合い、同人からその経営するクラブ江川の営業の委託を受けることとなった。原告は、早速シュミレーションの作成に取り掛かり、クラブの内装、間取り、飲食料金の決定、ホステスの選定等の準備に取り掛かったのである。その直後、原告は本件事故に遭遇したのであり、被った前記傷害が重大であってクラブの営業ができない状況となったため、二村から右委託契約が解約されるに至った。

(二) 原告は、右傷害を受けたため、次のような損害を被った。

(1) 治療費 九八万一七七〇円

<1> 都立広尾病院(昭和六一年五月三〇日及び三一日、八万六二二〇円)、<2>旗の台脳神経外科病院(同月二八日ないし同年八月二三日、一五万一四五〇円)、<3>虎ノ門酒本館診療所(同年一〇月一四日ないし昭和六二年五月一九日、六七万五九五〇円)、<4>東邦大学医学部附属病院(同年六月四日ないし同年一〇月八日、五万〇五四〇円)、<5>小島外科内科病院(同年一一月二五日ないし昭和六三年一月一三日、二万四一〇五円)

(2) 証明文書発行費用 七〇〇〇円

(3) 入院雑費 四八〇〇円

(4) 通院交通費 三一万四一八〇円

(5) マッサージ代 九万六〇〇〇円

(6) 休業損害 一四〇〇万五五〇五円

本件事故の日から昭和六二年八月一七日まで一月当り八八万九六九四円の割合により算定した金額。

(7) 傷害慰藉料 一〇二万円

(三) (1) 原告には、事故による前記傷害のため、左下肢のしびれ、左腕の疼痛、肩及び背部の悪寒等局部の神経症状の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)が残り、昭和六二年八月一七日症状が固定するに至った。

(2) 後遺障害慰藉料 九〇万円

(3) 後遺障害による逸失利益 一六〇万一四四九円

(四) 原告は、本件事故により前記傷害を被ったため、前記のように顧客を失い、かつ、開店予定のクラブの開店ができなくなったことによる逸失利益及び慰藉料 一〇〇〇万円

(五) 損害の填補 六四三万〇二三〇円

原告は、被告らから本件事故に基づく原告の損害の填補として右金額の金員の支払いを受けた。

(六) よって、原告は被告ら各自に対し、本件事故に基づく損害賠償として、損害の残額二二五〇万〇四七四円及びこれに対する本件事故の日である昭和六一年五月二九日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の答弁及び抗弁

1  請求原因1(一)の事実のうち、原告主張の日時・場所において、被告新井運転の加害車両が原告の乗車していたタクシーに追突したことは認めるが、その余の事実は不知。同(二)の事実のうち、被告新井に徐行義務違反及びブレーキ操作不適切の過失があったことは否認するが、その余は認める。請求原因2(一)ないし(四)の事実はいずれも不知。同(五)の事実は認める。

2  被告新井が原告乗車のタクシーに追突した当時、道路は渋滞し、時速約一五キロメートルののろのろ運転の状況にあり、被告新井は衝突の直前には急ブレーキを掛けたのであるから、追突による衝撃は軽く、加害車両に修理を要するような損傷はなく、右タクシーの修理代も二一万五一二〇円にとどまる。また、原告は、本件事故直後には意識障害はなく、CTスキャン、頸椎検査で異常はなかったものである。原告の治療の遷延は、原告の心因性・私病・既往症等本件事故以外の要因が考えられる。したがって、原告の損害賠償額を算定するに当たっては、これらの要素を考慮し、寄与度に応じた割合的認定をすべきである。

3  原告は、本件後遺障害が自賠法施行令二条等級表一四級に該当する旨主張するが、原告についての後遺障害診断書によると、感覚神経の他覚所見に異常はなく、血流状態が左が悪いため自律神経の不全状態を示すものと考えられるとの所見が示されているほかは、他に他覚所見がない。血流状態による診断法は、交通外傷の後遺障害の判断根拠としては広く認められているとはいい難く、原告の愁訴を裏づけるものとしては十分ではない。

4  被告らは原告に対し、本件事故に基づく損害賠償として合計六六一万七二五〇円の支払いをした。

三  右被告らの主張についての原告の主張

被告らの右主張はいずれも争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1(一)の事実のうち、原告主張の日時・場所において、被告新井の運転する加害車両が原告の乗車していたタクシーに追突したこと、同(二)の事実のうち被告新井に徐行義務違反及びブレーキ操作不適切の過失があったことを除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

<証拠>によると、原告は本件事故による衝撃により頸部捻挫の傷害(以下「本件傷害」という。)を受けたことを認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によると、被告新井は民法七〇九条に基づき、また、被告会社は自賠法三条本文に基づき、各自原告に対し、原告が本件事故により本件傷害を受けたために被った後記損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

二  そこで、原告の損害について判断することとする。

1  治療費について

(一)  <証拠>によると、原告は、本件傷害について治療を受けるため、(1)都立広尾病院に昭和六一年五月三〇日、三一日の両日入院し、治療費八万六二二〇円を負担し、(2)旗の台脳神経外科病院に同月二八日ないし同年八月二三日の間通院し(実日数九日)、また、同年九月五日、六日の両日入院し、治療費一五万一四五〇円を負担し、(3)虎ノ門酒本館診療所に同年一〇月一四日ないし昭和六二年五月一九日の間通院し(実日数六八日)、治療費六五万七九五〇円を負担し、同年八月一七日同病院における原告担当の永田勝太郎医師により本件後遺障害を残して症状が固定したとの診断を受けたことを認めることができる。

(二)  <証拠>によると、原告は、右のほか(4)東邦大学医学部附属病院に昭和六二年六月四日ないし同年一〇月八日の間通院し、五万〇五四〇円の治療費を負担し、(5)小島外科内科医院に同年一一月二五日ないし昭和六三年一月一三日の間通院し、治療費二万四一〇五円を負担したことを認めることができるが、右認定のとおり、昭和六二年八月一七日には症状が固定したものと認められる以上、同日以降の治療費は、当該治療が固定した後遺障害による苦痛を緩和するため、又は後遺障害を悪化させないためにされたものである等の場合以外は、本件事故と相当因果関係があるとはいえないものと解すべきであるところ、右証拠をもってしては、同日以降の治療費が右のような場合に当たると認めるに足りないから、同日以降の治療費は本件事故と相当因果関係があるとはいえない。そして、<証拠>によると、右(4)の治療費のうち同日までの分は、右五万〇五四〇円の九割と推認されるから、同治療費のうち本件事故と相当因果関係があるのは四万五四八六円と認めるのが相当である。そして、右(5)の治療費は本件事故と相当因果関係ないものというべきである。

(三)  したがって、原告が被告らに対し損害として請求しうる治療費の額は、九五万九一〇六円となる。

2  右に認定の事実並びに<証拠>を総合すると、原告が請求原因2(二)(2)及び(3)の支出をしたことが認められ、右支出に基づく原告の損害は本件事故と相当因果関係のあるものと認めるのが相当である。

3  原告が、本件傷害の治療のため入通院することを余儀なくされたことは前示のとおりであり、後記5(二)に認定の原告の状態に照らすと、原告が入通院のため病院と自宅との間の往復にタクシーを利用したことにも無理からぬ点があるといえるから、症状固定日までの入通院のために要したタクシー代は、本件事故と相当因果関係があるものというべきである。そして、<証拠>を総合すると(なお、原告の入通院交通費に関する原告提出の甲第三号証は整理されていないためどの病院への交通費なのか不明なものが多いが、当該病院の通院日と対応する代表的なものを選択してタクシー代を推認することとする。)、原告は、病院と自宅との往復に用いたタクシー代として、(一)都立広尾病院については、入通院のため六九四〇円、(二)旗の台脳神経外科医院については、往復一回のタクシー代七九〇〇円、通院実日数九日と入退院のため合計七万九〇〇〇円、(三)虎ノ門酒本館診療所については、往復一回のタクシー代二五〇〇円、通院実日数六八日分、合計一七万円、(四)東邦大学医学部附属病院については、往復一回のタクシー代六二二〇円、症状固定の日までの通院実日数八日、合計四万九七六〇円、以上の総計三〇万五七〇〇円を支出したとの事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

4  原告は、請求原因2(二)(5)のマッサージ代も本件事故と相当因果関係がある旨主張するが、右マッサージは医師の指示に基づくものと認めるに足りる証拠はないから、右マッサージ代は本件事故と相当因果関係があるものとはいえない。

5  次に、原告の休業損害及び逸失利益について判断することとする。

(一)  <証拠>によると、原告は、昭和五五年ころ大阪でホステスとなり、昭和五八年に東京に移り、銀座の一流のクラブでホステスをしていたものであることを認めることができる。

原告は、ホステスとして本件事故当時月額平均八八万九六九四円程度の収入があった旨主張し、右原告本人尋問の結果中には右主張にそう部分があるが、これを裏づけるに足りる証拠はなく、右本人尋問の結果のみでは右主張を認めることはできない。また、<証拠>によると、原告は昭和五九年度及び昭和六〇年度の確定申告をしているが、右申告書記載の収入は過少申告であり、経費は過大申告であって右確定申告書記載の数額は殆ど事実に反するものであることが認められるから、これをもって本件事故当時における原告の収入を認定することもできないものというべきである。

結局、原告の前記主張は、これを認めるに足りる証拠がないものというべきである。

そして、既に認定した事実に鑑みれば、原告は、本件事故当時三〇才の勤労意欲があって稼働可能な状態にある女子であったのであるから、原告の休業損害及び逸失利益は、賃金センサス昭和六一年産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計・年齢三〇才ないし三四才の平均年収額二六五万三五〇〇円を基礎として、算定するのが相当である。

(二)  <証拠>によると、原告は、本件事故の日から前記症状の固定日である昭和六二年八月一七日まで殆ど寝たり起きたりの生活が続き仕事のできる状態ではなかったことを認めることができる。したがって、右期間(一年二か月と二一日間)につき、原告は休業損害を請求することができるものというべきであり、その額は三三三万三九九四円となる。

(三)  <証拠>によると、原告は、本件傷害について前記のように治療を受けたが、もともと血圧が低く体力もなく、また、精神的打撃を受け易い類型の人間であったこともあって、本件事故により首の周囲の筋肉又は神経が多少挫傷を受けて肉体的苦痛を受けるに至ったため、血流が悪くなり、左下肢の痺れ、左腕の痛み、肩から背の悪寒という状態(本件後遺障害)が続くようになり、前記のように永田勝太郎医師は昭和六二年八月一七日症状固定の診断をしたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実関係に鑑みると、本件後遺障害は、本件事故と相当因果関係があるものというべきであり、自賠法施行令二条等級表一四級一〇号にいう局所に神経症状を残すものに該当するものと認めるのが相当であり、右障害による原告の労働能力の喪失は右症状固定の日から四年間と認めるのが相当である。

そうすると、原告の逸失利益は、計算上四四万八〇五六円となる。

(四)  原告は、本件事故により本件事故当時委託を受けていたクラブ経営が不可能となった旨主張し、<証拠>中には右主張にそう部分があるが、<証拠>は原告本人の記載したメモであって、原告本人の供述以上の域をでるものでなく、これを裏づける客観性のある証拠はないから、右証拠のみをもってしては原告の右主張を認めることはできないものというべきである。

(五)  <証拠>によると、原告が本件事故により本件傷害を被り、本件後遺障害が残存したことにより多大の精神的苦痛を被ったことが認められるところ、前示の本件傷害及び後遺障害の程度、入通院期間等本件に顕われた一切の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛を慰藉するためには、三〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

(六)  被告らは、原告の治療の遷延は、原告の心因性・私病・既往症等本件事故以外の要因が考えられるから、原告の損害賠償額を算定するに当たっては、これらの要素を考慮し、寄与度に応じた割合的認定をすべきである旨主張する。

確かに、<証拠>によると、原告は、昭和六〇年四月一二日旗の台脳神経外科医院に通院し、頭頸部外傷、頸部脊椎症と診断されていること、また、同年に椅子で頭部を殴られた事実のあることが窺われるが、<証拠>によると、右昭和六〇年四月一二日における原告の頭部についてのCTスキャンによる検査結果も、頸椎についてのレントゲン単純撮影による検査結果も異常がなく、また、本件事故当時まで前記傷病が存在していたとはいえないことが認められるから、この点に関する被告らの右主張はこれを認めることはできないものというべきである。

また、原告は精神的打撃を受け易い類型の人間であることは前記のとおりであるが、不法行為の被害者がいわゆる賠償神経症であるためその賠償請求を認めないことがかえって当該被害者の救済となる場合又は損害の拡大が被害者の精神的・心理的状態に基因するためそのすべてを加害者に負担させるのが公平の観念に照らして著しく不当と認められるような場合(最高裁判所昭和六三年四月二一日第一小法廷判決・民集二四巻四二四三頁はこのような場合の事案についての判例と解すべきである。)には、当該賠償請求を棄却し又はその一部を減額すべきと解するのは格別、「加害者は被害者のあるがままを受け入れなければならない。」のが不法行為法の基本原則であり、肉体的にも精神的にも個別性の強い存在である人間を基準化して、当該不法行為と損害との間の相当因果関係の存否等を判断することは、この原則に反するから許されないと解すべきところ、原告が右のいずれかの場合に当たるとすべき事実関係はこれを認めるに足りる証拠はなく、また、原告の前示程度の精神的・心理的状態を損害賠償額を定めるに当たって斟酌するのは公平の観念に照らして相当でないから、この点に関する被告らの前記主張も採用の余地がないものというべきである。

(七)  弁論の全趣旨によれば、被告らが原告に対し、本件事故によって原告が被った損害の賠償として、合計六六一万七二五〇円の弁済をしたことを認めることができる。

したがって、原告の損害の残額は、一四四万一四〇六円となる。

三  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、一四四万一四〇六円及びこれに対する本件事故より後の日である昭和六一年五月二九日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸)

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